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2005年08月27日

鹿垣

能古島は、江戸時代、福岡藩の鹿の狩場であり、最盛期には600頭をこえる鹿がいました。
その鹿が田畑の作物を荒らすため、天保7(1836)年、約2kmにわたる石垣が、島を東西に横断して作られました。この石垣を鹿垣といいます。
この鹿垣は、海を渡ってくる鹿を防ぐために、海の中まで延びていました。

鹿は終戦後に全滅しましたが、鹿垣は今でも一部が残っています。
これだけの規模で残っているのは全国的に見ても珍しいことです。

また、島の中央部には「古土手(ふるどて)」と呼ばれる石塁(せきるい)が残っていますが、これは牛や馬を放牧していたときの名残ともいわれています。

(西区役所)
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投稿者 shinyayamada : 2005年08月27日 22:46

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